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いじめ・メッセージ 相性が悪けりゃ転校認めて
 かつてあったイジメで苦しかったのは、やはり教師が先導したケースでした。教師側からすれば「からかっても大丈夫」という認識に基づいたんでしょう。中学の時「ばい菌」と呼ばれて徹底的にやられた。今思い出しても、みじめな気持ちになりますね。
 この件について親に相談しなかったのは、自分の親には「問題解決能力」がないと子供なりに判断していたからだと思う。
 母親は、とにかくご立派なことばかり言ってた(父親は当時影が薄かった)。なので、何か事件が起こると「あんたがちゃんとしてないから」というしかり方をした。小学校に上がってすぐ、隣の席の男子にいじめられ、鉛筆削りを取り上げられた。なくなったことに気付いた親は「どこにやったの!」とエライけんまく。「なくした」としか言えなかった。震え上がっちゃって。一番身近で自分を保護してくれると思っていた人が、話を聞く気がないと理解したら、そりゃ話さないですよ。
 社会人になって色々な組織に属してみたが、いつも「××すべきだ」を振り回すのが中心にいた。「べき」を振り回す人は、結局自分が基準で、他人が自分みたいじゃないと文句をたれる。こういう人が中心の組織では、いつも他人の悪口が横行するのでギスギスし、そこからイジメが始まる。
 結局、イジメってコミュニケーション不全症候群なんだ、と思う。大人の団体がこれだもん、子供の団体がうまくいくはずないですよ。10人集まったら、普通1、2人は気に食わんやつがいる。これが当たり前じゃないんでしょうか? と教師に言いたい。《相性が悪いこともあるじゃん、それでもやっていく方法を考えようよ、それで社会が成り立つんだからさ》なら分かる。《嫌な感情だって出てきて当たり前、それをどうやって折り合いつけようか、という解決法を模索する》なら分かる。何ひとつ学校では教わりませんでした。現実にふたをするから。
 子供はコミュニケーション能力が未発達です。だから、相性が悪けりゃ、さっさと辞めて別の学校なり教育法なりにシフトする、というのが認められて当然だと思う。大人なら転職だって離婚だって受け入れられてるのに、どーして子供はダメなのか? せめて、これをはっきり大人が提示するべきではないでしょうか。=埼玉県、獣医師女性(42)
毎日新聞 
いじめ・メッセージ おうちの方へ
いじめに苦しむ子どもたちや関係者に向けて、読者の皆さんから寄せられた体験メッセージは200通を超えました。20日特集面で紹介した第1弾に続き、家庭面でも随時紹介させて頂きます。まずはご家族に伝えたい克服経験から−−。
◇親同士、お茶を飲んでみた
 3人の子どものうち、2人がいじめにあいました。長女は小1の時と高校3年間。長男は小4と高1の時です。
 長女の場合、転校した小学校で友達となじめなかったことから始まり、鉛筆で刺される、体操着にマジックで落書きされるといったことが繰り返されました。長女は毎朝、玄関の柱にしがみつき、私はその指を一本一本はがし泣きながら学校に行かせました。私はいじめているというお宅に直接行き事情を説明しました。
 取った策は「1週間、子ども連れで家にお茶を飲みに来て下さい」というものです。親が仲良くお茶を飲んでいる傍らで、子どももいつしか仲良く遊ぶようになりました。
 高校生になってからのいじめは、私が介入できるはずもなく、娘の髪が金髪になり終電で帰ってくるようになったころ、話をして三つだけ約束しました。それが守れたら後は何をしても何も言わないと。
 (1)卒業証書をもらう(2)妊娠しない(3)どこにいるか必ず教える。
 娘は休み休み学校に通い、居場所だけは電話しながら無事卒業。娘には「学校だけが人生で大切なものではないし、苦しさは代わってあげられない。でも、世界中の人が悪いと言ったとしても、お母さんはあなたが好きだから」と言い続けました。娘は今、結婚し幸せに暮らしています。=東京都足立区、50歳女性

◇集団による犯罪、強い態度を
 私の娘も中2の時、いじめにあいました。クラスで英語の暗唱を指名され「外人みたい」「きっしょー」という何人かの声がきっかけになり、「学校に行くのがつらい」と言い出しました。
 担任に相談しても、いじめ行為を擁護するばかり。学校が娘を守ってくれない以上、親として何ができるか夫婦で考えました。
 (1)保護者会で「嫌がらせに困っている」と問題提起。翌日から数人の女子がおとなしくなりました(2)教育委員会に加害者の名前は伏せて相談(3)悪質な2人のうち、家に近い子の家を夫婦で訪ね、本人にこれ以上娘を傷付けないよう言いました(4)もう1人の親と電話で話した際、「うちの子にとって『きもい』は普通の言葉」と言われ、担任も交えてはっきりさせることに(5)校長、担任、私とそのお母さんで話し合いをする前にテープレコーダーを使うことを宣言。事態が改善しないなら、裁判も辞さないという態度をとりました。
 つらい3カ月が過ぎ、ひどい陰口はなくなりました。子どものけんかに親が出るなんて、という人がいるかもしれません。でも、いじめはけんかと違います。集団による悪意、犯罪とすら思います。加害者に被害者の苦悶(くもん)を分からせるためには糾弾の声をあげなければならず、それは子どもだけでは絶対に無理だと思います。=奈良県葛城市、40歳公務員

◇「ただいま」の声で分かる
 子どもはつらいことがあっても、自分からは親に言いません。私の場合、「ただいま」の声でだいたい分かりました。
 二女は、高2のクラス替えで孤立しました。教室ではひとりぼっちだったと、後から聞かされました。毎日、暗い顔をして帰ってきました。様子を見ていましたが、ある日、顔と腕にたくさん湿しんができていました。「ストレスがたまっているんじゃない?」と聞いた途端、娘の目から一気に涙があふれました。もう、我慢の限界だったのでしょう。
「学校やめてもいいよ」と話すと、ほっとしたように「お父さん、許してくれるかな」と言いました。親子で話し合い、別の高校に転入することができました。やめる時、担任の先生に話すと「あんなに明るいお子さんなのに、なぜ?」と尋ねられました。娘は「良い子にしているのに疲れた」と言っていました。
 娘の場合は高校からでしたが、小学校からいじめに遭っているお子さんはどうやって救ってあげられるでしょう。「ただいま」の声がおかしいと思ったら、何も聞かずに明るく「お帰り」と言ってぎゅっと抱きしめてあげたらどうでしょうか。大事な大事な我が子ですものね。=埼玉県ふじみ野市、主婦、木村美和子さん(56)

◇「お前が一番」祖母の言葉で
 小1から4年間、同級の女の子による陰湿ないじめにあいました。かなり複雑な家庭環境にいた私は、親に“苦しい”と伝えられず、幼いながらも幾度となく自殺構想を練り、もうろうとした意識の中、川に飛び込もうなどとしたものです。
 そんな私が今日まで生き延び、今この新聞を読んでいられるのは、祖母のおかげです。暗い表情で訪ねて行く私に、根掘り葉掘り訳を問いただすこともせず、おいしい菓子と温かいお茶を出してくれて「ワシには、何は無くとも、お前が一番じゃ!」と毎回言ってくれたのです。
 その後、社会人となり結婚をし、さまざまな“大人のいじめ”も体験してきました。でも、追い詰められた時、いつもどこからとも無く、今は亡き祖母の“あの言葉”が聞こえてきます。その都度、体の奥の辺りが温かくなり“生きてやるぞ”とパワーがわいてきます。“この温もり”を孫や周囲の人々に伝えられる大人でありたい。それが、今の私の願いです。=北九州市、主婦、コスモスさん(55)  (毎日新聞)
いじめ・メッセージ(その2止) 先輩やお母さん、学校の先生の体験談
◆「先輩」から、心を込めて…生きて、よかった
 「生きたよ。生き抜いたよ」−−学校を卒業した先輩やお母さん、学校の先生からも、多くの体験談が届きました。乗り越えた、と言い切れなくても、少しずつ傷を癒やして、時には居場所を替えて、いま「生きていて良かった」と。あなたのいたみを分かってくれる大人も、いるのです。
◇心取り戻すまで20年かけたけど
 私は子供のころからずっといじめられてきました。その経験は、30歳をすぎた今になっても本当に「克服」できたのかどうか、いまだにわかりません。ただ私は今日まで死なずに生きてきました。それだけは確かです。
 小学生の時、放課後の学校のトイレの個室に入って用を足していました。いつしか周囲がざわざわしてきて、集まった子供たちは下からのぞこうとし、上によじ登ってのぞこうとし、ホースを伸ばして上から水を注ぎ込む者さえいました。中に入っている人間を確認して、彼らはようやく満足したようでした。
 すべてが終わってから、私はひと気のなくなった個室の中で、ズボンのバンドをはずして扉の上の突起に掛け、自分の首を入れようとしました。しかし結局、途中でやめました。自分は何も悪い事をしていないのに、どうしてこんな事をしなければならないのか、納得できなかったからです。
 私は常にいじめられる人間でした。中学生のときは、毎日のように教室でチョークを投げつけられました。黒板の前から、いちばん後ろの席に座っている私にむかって、力任せに投げられた何発ものチョークは、後ろの壁に当たって粉々に砕け散るのでした。命中しないように、かすめるように、できるだけぎりぎりに投げるのが競われていました。
 またスキー合宿では、部屋にいるときに力ずくでズボンを下ろされ、下着をはぎ取られました。同じ班の連中は前々からそのことを予告していました。担任に相談したところ、出発前に彼らを集め、そんなことはしないと約束させたにもかかわらず、彼らは実行したのでした。私はもう誰にも何も言いませんでした。
 高校・大学と進むにつれて、いじめはいつの間にか周囲から消えていましたが、私は何のために生きているのかわからなくなっていました。他人の力で自分の人生が歪(ゆが)められたと考えたら、負けだとは思います。しかし私にチョークを投げつけ続けた奴(やつ)が、今では小学校の教師となっていると思うと、心中平静でない時もあるのです。
 それでもごく最近になってようやく、今まで生きていてよかった、死ななくてよかったと、少しずつ思えるようになりました。美しいものを見聞きし、快さを味わうことのできる自分の「生命」を愛(いと)おしむ気持ちを取り戻すのに、20年かかったことになります。
 今この時に死を思っている人に対して言えるような、直接的なメッセージなどはありません。人の苦しみはその人だけのものだからです。ただ、つらいだろうな、苦しいだろうなと、言葉もなく思いやるばかりです。
 しかしまちがいなく言えることは、いじめはゆるやかな殺人です。ひとの魂に癒やすことのできない傷を与え、長い時間をかけてじわじわと生命力を奪っていきます。法律に触れないだけに、それは普通の人殺しより、たちが悪いと言えるかも知れません。
 いわば君は「ヤツら」によって精神的に殺されているのです。その上にどうして自ら肉体の死まで加える必要があるでしょうか?
 私は今日まで弱い人間として生きのびて来ました。今になっても何も取りえのない自分は、生きている価値があるのかと思うこともあります。でもやはり生きていてよかったと思うのです。
 できないことを無理にする必要はありません。助けを求められる人は、求めて下さい。一人で我慢したい人は、そうすればよいでしょう。それが限界だと思ったら、逃げるという直接行動があります。必ず状況は変わります。命と引き換えにしてまで居つづけるべき場所など、この世のどこにもありません。
 自分の死を考えることのできる強さをもつ君が、少しだけ弱くなって、生きのびてくれることを祈っています。なぜなら私たち一人一人の生命は、あらゆる可能性を含んだ源だから。それは、存在するだけで意味のあるものだから。(宮城県、高校講師・33歳)

◇君が、誰より幸せになることだ
 君に、少しだけ私の話をしたいと思う。
 君は今、生まれてこのかた経験したことの無いような苦しさと痛みを感じていると思う。怒ったり泣いたりするような気力も無いほどに疲れ果てて、ボロボロなんじゃないだろうか。私にもそんな時期があったよ。私も、中学時代はいじめられていたんだ。
 最初にいじめが始まったのは、1年生の時。ひどく荒れていたクラスでね、授業なんて成り立たなかった。そんな中、私も含めて何人かの生徒がいじめられていたんだ。ある人は殴られたりしていたけど、私の場合は罵(ののし)られ、嘲笑(ちょうしょう)され、あるときは食べ物を投げつけられ、エアガンで撃たれ……とても悲しかった。
 先生にも相談したよ。でも、先生は私の名前を暴露してしまったんだ。当然エスカレートした。その後、卒業するまで、チクチクとココロを刺すようないじめが続いたんだ。
 その時は、死にたくなったよ。死んだら、全部がリセットされて、こんな惨めな状況から抜け出せるんじゃないか……って、そう思った。でも、今、なんとか生きてる。
 君は、今「死にたい」と思っているかい? 思っているなら、ちょっとだけ待ってほしい。考えてもみてくれ。いじめをした連中は、君が死んでもきっといじめをやめない。後悔したりしないんだ。そのかわり、君を本当に愛してくれている家族は、ものすごく悲しむんだよ。
 死ぬことで復しゅうしようなんて考えるな。死んだら、そこでおしまいなんだ。復しゅうなんてしないのが一番だけど、どうしてもしたいなら、とっておきの方法を教えよう。それは、君が誰よりも幸せになることだ。お金持ちにならなくてもいい、社会的な成功も手に入れなくていい。ただ、日常の小さな幸せを全身で感じながら、大切な人と安心して暮らせればそれで良い。
 生きよう。生きていると、何かしら良いことがある。素晴らしい人との出会いもある。きっと君は、人を傷つけてまで生きられないから、それほどまでに優しいから人一倍苦しいんだ。でも、その優しさはこれからの時代きっと必要になる。だから生きてほしい。そして、いじめがどれほど人を傷つけるかを語ってほしい。音楽でも、文章でも、絵でも良い。とにかく誰かに伝えてほしい。伝えるのはすごく苦しいし、痛みを伴うことかもしれない。でも、君がその経験を伝えることで、救われる人がいる。
 こんなことを言っている私だけど、実はいまだにいじめのことを引きずっていて、克服しきれてないんだ。男子からのいじめだったから、同年代の男子が怖くなっちゃってね。同年代の男子と話そうとすると身体がこわばっちゃうんだ。いじめられている間は、「怒る」なんてことをしなかったから(きっと「怒る」ことを諦(あきら)めていたんだと思う。もう怒っても何もならないだろう……って)、怒りの感情をうまく表現できない。小さな音にビクビクしていたり、わけもなく不安になったり……他にもいろいろあるけど、主なところはこれぐらいかな。
 いじめの傷は、なかなかふさがらない。ふとしたことがきっかけで、またパックリと開いてしまう。でも、それでいいんだ。あんなにひどく傷ついたんだ。一日二日で治ったらおかしい。だから、ゆっくりで良いんだよ。ゆっくり時間をかけて傷をふさいでいけば良いんだ。それには、すてきな人との出会いとか、いろいろな素晴らしい経験が一番の薬だ。その薬を手に入れるには、生きるしかない。だから生きてみないか?(福島県会津若松市、19歳・女性)

◇あの壮絶な体験、私は強くなった
 私は小学1〜2と4〜5年生のころ、いじめにあいました。最初は無視だったり陰口だったりが、どんどんエスカレートして最終的には髪の毛をひっぱられ、教室を引きずり回されたり。後は思い出すのも辛(つら)い、小学生でこんなことを思い付くのかというほど、ほんとにひどい毎日でした。
 担任は気づいていたと思うのですが、生徒に嫌われるのが怖いのか、問題が露呈するのがいやなのか、見て見ぬふりでした。幸い、私は6年生に上がるときに転校して、いじめからは逃れられました。
 大人になり、いじめていた人と偶然再会することがあったのですが、びっくりしました。彼女たちはまるでいじめなどなかったかのように接してきたのです。あっけにとられたのですが、私も、にこやかに話しました。
 あの壮絶ないじめの体験があったことで私は強くなったし、今の自分がいる。今思うのは、ほんとに死ななくて良かったということ。大人になって、たくさん辛いことも、めんどうなことも、しんどいこともあるけれど、自分のことを理解して愛してくれる仲間がたくさんいる。その中には、同じようにいじめられた経験を持つ人もいる。今となってはみんな笑って話せる過去なんです。
 この広い世界でまだまだ出会ってない人がたくさんいる。狭い学校なんて世界に閉じこもってないで、何年か我慢して、我慢できないんだったら、今すぐにでも飛び出せばいいんです。自分が表現できる世界。自分が愛せる世界。生きていて良かったって思える世界。それをつくるのは、他の誰でもない、唯一無二の自分なんです。
(大阪府泉佐野市、主婦・28歳)

◇がんと闘う今も「笑うこと」忘れず
 今、いじめられているすべての子どもたちの話を、できれば聞きたいと思っています。
 私は中学のころ、いじめに遭いました。壁に、名前と死ね、の文字。無視。いたずら電話。持ち物は盗まれ、隠され、捨てられ。教室から机は出され。その机には、死ね、死ね、死ねと書かれていました。
 今でも思い出したくありません。八方ふさがりの毎日。誰に訴えても、何をしても、解決の糸口さえ見えませんでした。でも、それは中学3年まででした。中学3年でがらりと変わりました。友達もできました。
 私がいじめを克服した方法はただひとつ。「笑うこと」でした。それだけ?と思うかも知れませんが、本当にそれだけです。
 今、いじめをどうしようかと考えているすべての大人たちに、言いたいことがあります。いじめられている子どもは、一日、たった一日、笑って過ごせる時間があっただけで、どれほど救われるかわかりません。自分の居場所がある。自分の話を聞いてくれる人がいる。そのことを渇望しています。大げさなことは要りません。笑顔で話しかけるだけです。
 実は今、私はがんという病気と闘っています。それでも、「笑うこと」は忘れていません。(奈良県桜井市、元図書館司書、ともさん・36歳)

◇小学校教師の私は、あの経験忘れない
 私は現在、小学校の教師をしていますが、とことんいじめられたのは、社会人になってからです。そういじめられた経験もなく、穏やかに暮らしてきた私にとっては、とてもとてもつらいものでした。今、思い出してもぞっとしますが、死にたい気分にまで追いつめられたときに、こんなことで死ぬぐらいなら学校をやめようと、ようやく開き直れたことで楽になりました。
 よく、いじめられている子に、言い返せとか強くなれとか言いますが、そんなことはとても出来ません。心が、もう、がんじがらめになって、弱り切っているのです。私が唯一“いじめられてよかった”と思うことは、いじめられる子どもの気持ちがわかったということです。びくびくして、何も言えない子どもの気持ちがわかるようになったということです。
 月日がたち、また、鈍感になりそうなときもあったりするかもしれませんが、自分が受けた嫌な経験、死にたいとまで思った経験は忘れずに、子どもたちと接していきたいと思います。(中国地方、女性・47歳)

◇かけがえのない、あなたはあなた
 6年生の秋でした。ある日学校へ行くと、クラスの誰も口をきいてくれなくなっていました。全く理由がわからず、まず驚きました。先生に話しました。先生も無視でした。家族には話せませんでした。卒業までがんばろう、と歯を食いしばって登校しました。
 中学では、クラスの女の子がいじめられていました。ひどい言葉をあびせられていました。私がその子の肩を持ったら、またあの日のように誰からも無視される日がくるかもしれないと思い、ただ、その子といっしょにいるようにしました。私に出来たことはたったそれだけでした。
 でも、卒業の時に「あなたに救ってもらったよ」と言ってくれました。その一言で、彼女が苦しんでいたのだなと思いました。
 こんな私でも、本当にうれしかったことは出産でした。自分が誰かからこんなにも必要とされていると知ったのです。
 絶望している子どもたちに、一人じゃないんだよと言ってあげたい。おかあさんは10カ月の間、大事に大事にあなたを育(はぐく)み、この世に生まれてきてからも、みんながあなたを大事に見守っているんだよ。今日がつらくても、明日はちがうかもしれない。我慢しろというのは酷です。小さなろうそくの炎のような希望を見つけてください。あなたは大事なかけがえのないあなたなのだから。(神奈川県藤沢市、主婦・38歳)

毎日新聞 2006年11月20日 東京朝刊             このページのTOPへ
いじめ・メッセージ(その1) 子どもたちのメッセージ
◆いじめ、越えて
◇おかしな先生、ウチにも
 10月23日の記者ノートというところをよんだので、手紙をかくことにしました。かならず目を通しますってあったから。
 わたしは今中2です。豊中市の●中生です(注=学校名は実名)。
 わたしの学校でもいじめがあります。先生の。わたしの友だちはイヤなおもいをしました。先生が言ったら他の子たちも言うようになります。おもしろがって言う男子もいます。
 1年のときの英語の先生はいっしょになっておこってくれたけど、その先生もそいつにモンク言われてかわいそうでした。他の先生は話きいてくれないし。だからみんながまんしています。
 福岡の人みたいに先生にひとりだけがやられたんじゃないからやっていけるし、先生がおかしいとおもっている人がいっぱいいるから大丈夫だけど、そうじゃなかったら先生がいっているからいいってやられたら、学校にもいきたくなくなると思う。
 先生のいじめってウチだけじゃないってわかりました。他の先生は知ってても先生にはチュウイしないのもいっしょ。言いつけたらまたやられるかもしれないし、そんなんが学校だと思ってください。(大阪府豊中市、中学2年の女子生徒)

◇子どものSOS、受け止めること
 (私が)いじめられていたころ、私は死にたいと思わない日はなかった。人間らしい扱いをされず、死んでしまえと言われて、自分に価値を見いだせる子どもなんているわけがない。
 私がいじめから解放されたのは小学6年生の時で、いじめていた子から謝罪はなかった。彼女たちは、いじめをしたことすら忘れて生きているのかもしれない。ただ、私はそうはいかなかった。深い自己無価値観は自傷行為を引き起こし、5年かけて私の左腕はケロイドだらけになった。
 今、あなたがいじめに遭っているなら、絶対に我慢しないでほしい。我慢する必要はどこにもない。あなたにはもっと安心して学校に通う権利がある。価値がある。
 今、死にたいなら、親に、先生に、誰か信頼できる大人に、「死にたい」「苦しい」って言って。あなたの生きる世界は、本当はもっとずっと広いのだから。
 そして、あなたが親なら、先生なら、それをちゃんと受け止めて。子どもにとっていじめを大人に告白するのはとても恥ずかしいことだ。その重さを受け止めてほしい。(岡山県、女子高校生・17歳)

◇死んだら負けです
 小学校高学年の時、いじめを受けていました。毎日のように「キモイ」「菌がうつるから近づくな」「死ね」などと言われ、教科書を隠されたり、ツバを飛ばされたり、嫌な目にあいました。
 両親と友達は私の味方をしてくれましたが、学校の先生方は、いじめの事実を知りながらも、力になってはくれませんでした。というより、いじめのリーダー格だった男子生徒は、教師のことを恐れなかったのです。むしろ逆に、大人に対しても「無能」「ウザイ」「クソデブ」などと暴言を吐く彼のことを、先生が恐れていたように見えました。
 いじめを受けている間、私にできたことはただ耐えることだけでした。死んでやろうかと考えたこともあります。でも、そこで死んだら、それは相手の思うつぼだと思いました。
 だから私は自殺しませんでした。卒業まで耐えてやると決め、その通りにしました。卒業式の日はとてもそう快だったことを覚えています。「ざまあみろ、生き延びてやったぞ」というような気分でした。
 私はいじめに耐えて、今生きています。あの大学行きたいなぁとか、将来自分はどんな職につくんだろうとか、先のことを考えたりもできます。
 だからいじめを受けて「死にたい」と思ってる人に言いたい。死なないでください。死んだら負けです。あなたをいじめている相手や傍観者たちを勝たせることになるんです。しかも、そういう連中の未来は残っているのに、あなたの未来はなくなるんですよ。そんなの、悔しいとは思いませんか。(仙台市、女子高校生・16歳)

◇「いじめる側が百%、千%悪い」
 私は中学生の時にいじめられました。ほとんど毎日、同級生から殴られ、けられ、悪口も言われ、目から涙が出ない日は無く、学校に行くのは嫌になっていました。
 それでも私は学校を休みませんでした。母からもらった本の中に、「いじめはいじめる側が百%、千%悪い」「人をいじめて幸せになった人はいない」と書かれていました。その言葉に大変勇気づけられ、「いじめごときに負けてたまるか!」という気持ちがわいてきたからです。
 私は、いじめられている人たちには、「あなたは強い人間だから、自分をいじめないで、まして自殺なんてしないで、いじめられている人も、いじめている人も幸せにできる人になって下さい」とメッセージを送ります。いじめている人には、「大切なあなたの生命を人をいじめるという醜いことに使わないで、あなたも他のみんなも幸せになるために使って下さい」とメッセージを送ります。(奈良県、男子高校生・17歳)

毎日新聞 2006年11月20日 東京朝刊               このページのTOPへ
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